夏が始まる【短編/完結】

俺、長嶋祐樹は生徒会実行委員会に所属している。
生徒会実行委員会の活動内容を簡単に言えば、所謂生徒会の仕事を助ける活動内容だ。
生徒会の皆が会議等で決めた行事を実行する際に補助または支援する形として活動する。
ただし、主に活動期間はその行事の前後と行事最中のみである。

俺はその活動期間の短さに惹かれこの委員会に入った。他の委員会の活動内容は毎日だったり週一だったりと、なんだか忙しそうだったからだ。できれば部活動に集中したいので、委員会には所属したくない気持ちが多い。
……とはいっても、その入っている部活も、天文部という何ともマイナーな部活だ。だからちゃんと活動している部員は俺一人しかいない。他にもたくさんいるらしいが、皆幽霊部員だ。
勿体ないな、とは少し思う。この学校は設備が整っているため、天文を学ぶには適した物がたくさんある。だが興味のない者には所詮ただのガラクタなのだろう。

話を戻そう。その生徒会実行委員会は、活動期間が短い。確かに短いのだ。だが、彼らはその活動とは別の顔を持っていた。
――彼らは生徒会過激派なのだ。所謂生徒会親衛隊みたいなそんな感じだ。どこのアニメだって話だが、確かにそんな感じなのだ。
知らずに入った俺は、別に関わらなければいい話なのだと思っていた。だが、入ってすぐにその考えが甘いことを思い知る。

生徒会実行委員会は風紀委員会に嫌われているのだ。その原因は二つある。
まず一つは、風紀委員長と生徒会長の仲が悪いこと。
彼らは見かけるたびに陰険な口喧嘩をしている様な犬猿の仲だ。正直に言うといい迷惑である。彼らが喧嘩をすると風紀委員会と実行委員会が集まってくるからだ。そして周りでも静かな目と口による争いが起こる。一般生徒は皆怯え、そそくさと退散する。
学校をよくしようと集まっている組織が学校に迷惑をかけている様は結構滑稽なものである。
そして二つ目。実行委員会は前述したとおり、過激派なのだ。生徒会絶対主義というかなんというか。
生徒会の悪口を言えばすぐに実行委員会が注意をする。とにかくそんな光景を多々見る。そして風紀委員会が一般生徒の苦情を聞いて、実行委員会に注意をしているのである。そこでまた実行委員会と風紀委員会の争いが起きる。あとはもう予想のつく光景だ。

そんなこんなで、俺は実行委員会と名乗るのも嫌になっている。一応行事のある時は委員会にコッソリ出席してコッソリ手伝っている。それでも、クラスメイトや友人にはバレたくない。
そう思いながらヒッソリと過ごしていた、ある夏休みのことだった。

◇◆◇

「え? 鍵が無い?」
「あぁ。天文部が持って行ったぞ」
「いや、天文部俺しか活動してないんですけど」
「え? そうなのか? いやでも、屋上の鍵持って行ったの、確かに名簿で確認したら天文部だったぞ」
「まじすか……とりあえず屋上行ってみます」
「おう、気を付けて見るんだぞ」
「ありがとうございます」

本日は晴天。俺は前々から計画を立てていた屋上での天体観測を実行することにしていた。前々から部室で予定表を作り、それをコピーして先生に提出して屋上使用の許可をもらった。
夕方六時から泊りがけ。もちろん警備員さんにも天文部の許可をもらっている。そこらへんは抜かりない。
そして今、屋上の鍵を貰おうと機材を担ぎながら職員室に寄ったら鍵が無いという。それも、天文部の生徒が持って行った?
どういうことなのか理解しきれず、足を動かしながら首をひねる。
天文部は確かに俺一人しか活動していないはずだ。予定表は天文部の部室においていたが、そもそも天文部の部室は部活棟の一番奥の小さな部屋だ。人もあまり来ないし、知っている人の方が少ないだろう。そんな部屋に入る変わり者がいるのだろうか。それも、予定表を見て屋上にやってくる?
やはり、それはあり得ない。天文部と偽って鍵を持ち出したのかもしれない。
とにかく、誰がいるかわからない屋上へと俺は足を速めた。

◇◆◇

――屋上の鍵は、確かに開いていた。ゆっくりとドアノブを回し、錆びた扉を開ける。爽やかな夏の香りを運ぶ風が、体中に夏をぶつけてくる。
まだ明るい空に、広いアスファルト。その向こうの方に一人ぽつんと誰かが立っているのが見えた。
太陽の光を受けて輝く髪の色が、明らかに明るい金髪で思わず足が竦む。だが、向こうは鍵を持っているのだ。俺は機材をしっかりと持ち直して足を進める。
自分より少し高い身長。その左腕には「風紀委員会」と書かれた腕章がついていた。
金髪が風紀員というのも笑いものだが、この学校の風紀委員会にはそういう力で言うことをきかせるための特別な委員もいる。だから、まぁ、彼は多分そういう力で言うことをきかせるための委員なのだろう。
余計に怖くなったその気持ちを押しとどめて、彼に声をかける。

「あの、俺、天文部なんですけど……」

少し控えめになった声。相手はゆっくりと振り向いた。
――俺はその顔を知っていた。同じ一年で、有名な風紀委員会の人間。それも案の定そういう力で言うことをきかせちゃう人だ。
切れ長の目と、細い瞳が俺を捉える。よく見なくても整った顔だ。だから女子にはコッソリ人気がある。本人はあまり興味がなさそうで、女子と話しているところはあまり見ない。
というかそもそも、人と話しているところをあまり見ない。

「鍵開けといただろ」

何ともなさそうに俺に鍵を渡そうとするが、俺は生憎両手が塞がっている。それを見てその人は鍵をポケットに突っ込みもう一度手を差し出してきた。

「え?」
「貸せよ、持つ」
「あ、ありがとう?」
「何で疑問形なんだよ」
「いや、何となく」

この人は、まさか本当に天文部なのだろうか? いや天文部なのは確実だ。先生も言っていた。それでも、俺は聞かずにはいられなかった。

「今日なんで天体観測やるって知ったんですか」
「は? いや、部室に置いてたじゃん。つか長嶋、お前確か同じ学年じゃん。何で敬語? ……あ、俺が怖い?」
「いや怖くはない、けど……あれ? 俺の名前なんで知ってんの」
「だってお前天文部の部室にスゲー私物置いてるだろ。それもご丁寧に『一年 長嶋』って書いて」
「ああ……部室、誰も来ないから」
「俺はわりとよく活用してんだけど、お前知らなかったの?」

まさか部室に俺以外の誰かが来てるとは思わなかった。まるで自分の部屋の様に扱っていたので少し恥ずかしかった。確かにマグカップやら望遠鏡やら何かと俺は私物を部室に名前入りで置いている。だが、そこでふと疑問が浮き上がった。

「俺放課後は絶対部室にいるのに、いつ活用してたんだ?」
「授業サボるときとか」
「……風紀委員がそれでいいのか」
「いいんじゃね。卒業できる程度に出てる」
「てきとうだな」

はは、と明るく笑う彼は少しイメージと違った。遠くから見てたこの人はもう少し乱暴そうだったからだ。話してみると案外そうでもない。普通の高校生、といった感じだ。

「あの、今更なんだけど名前聞いていい?」
「……俺わりと色んな意味で有名だから、名前知ってると思ってた」

驚いたような顔で言われて、思わず笑ってしまう。

「何それ、スゲー言ってみたいんだけど」
「そうか? 俺は加瀬。加瀬陽介。あ、お前の下の名前は?」
「祐樹。えーと、宜しく加瀬」
「おー、宜しく」

自己紹介しながらも、目を付けておいたポイントに機材を降ろし組み立て始める。このポイントからなら今日見る星はクッキリ見えるはずだ。

「今日は夏の大三角形でも見るのか?」
「ん、まぁ夏の大三角形も見るつもりだけど……流星群が見たくて」
「流星群……あぁ、ペルセウス座流星群」

望遠鏡の部品をグルグルしながら答えると、予想外に流星群の名前が加瀬の口から出てきた。

「詳しいんだな」
「いやお前の本読んだら興味湧いて覚えた」
「あー、部室に置いてるあの本?」
「そうそう。暇だったから読んだらわりとおもしれーのな。んで今日興味湧いて来たってわけ」

笑顔で言われて、ギュウと顔に力が入る。正直めちゃくちゃ嬉しい。今までそんな風に言ってくれた人はいない。まさか自分の本で星に興味がわいたと言ってもらえるだなんて。

「ありがとう」
「は?」
「いや、何か星に興味出たって言ってもらえたのスゲー嬉しくて」
「なんだそれ。あ、あとお前にも興味あったから」
「俺?」
「そう。だってあんな狭い部室で毎日熱心に星の研究してるんだぜ。どんな真面目そうな奴なんだ? って思って」
「なるほど」
「会ってみたら普通の男子高校生だったし」

からかうように言われて、少し照れくさくなる。一体どんな俺を想像していたのだろうか。でも確かに毎日あんだけ部室にこもって星について勉強していたら真面目そうな奴って思われても仕方がないかもしれない。
望遠鏡を組み立て終わり、空が暗くなるまで待つことになる。もう直に暗くなり始め空に一番星が現れるだろう。それまで俺はぼんやりとグラウンドを眺めることにした。
横には加瀬がいる。星に触れるときに誰かがそばにいるのは、新鮮だった。

「お前やっぱ宇宙飛行士とかめざしてんの?」

不意にかけられた言葉に、チラと横を見たら加瀬と目があった。俺は少し笑って首を横に振った。

「いや、仕事は祖父母の店を継ぐつもり」
「へえ、星は?」
「うーん、なんていうか、好きなんだよな。祖父母の経営してる旅館が田舎にあってさ。結構有名な旅館なんだけど、そこから見える星が本当綺麗でさ」
「あぁな。あるよな、忘れられない景色って」
「お前もあんの?」
「……んー……言われてみれば、ねえな」

ねーのかよ、と突っ込めば穏やかに加瀬は笑った。その笑い声は何故か少し寂しそうで、もしかしたら加瀬は忘れられない景色に出会いたいのではないだろうか、とふと思った。
俺は少し暗くなった空へと目をやり、よし、と手を叩いた。

「じゃあ今日はその忘れられない景色になるよう努力しようではないか」
「何キャラだよ」
「ハハ、まあ見てろって加瀬」

望遠鏡へと近寄りクルクルと回す。そのままノートパソコンで今日の流星群のピークと方角を調べなおしてどかりと望遠鏡の前に座る。加瀬も俺の横へと腰を下ろす。

「見てろっていったけど、まだまだ時間はかかりそうだな?」
「……まあ待てよ」
「おうよ」

◇◆◇

そのまま、長い間俺と加瀬は語りあった。他愛のない、最近の日常の話だとか、星の話だとか。くだらない会話を飽きることなく俺たちは話していた。
チラと時計を見れば、ちょうどいい頃合いだった。

「そろそろだな!」
「ああ」
「この学校はわりと奥にあるからきっと綺麗に見えるよなー!」
「そうだな」
「運よく見れたらいいな……」
「ふ、お前本当に星が好きなんだな」

興奮しながらフェンスへと身を傾け、空を見つめる。そんな俺を見て後ろで加瀬が笑ったのがわかった。

「おう、大好き!」

振り返って、笑顔でそう伝えた。
――その瞬間加瀬が少し目を見開いたのがわかった。
もしかしたら流れ星が見えたのかもしれない。慌てて振り返るが、もう遅い。

「加瀬? お前今流れ星見た?」
「ん……ああ、そうだな。スゲーとびっきり綺麗な星を見たな」
「はあ? まじかよ」
「忘れられない景色になりそうだ」
「そんなに綺麗だったのか……俺も見たかった」
「ま、夜は長いし気楽にいこうぜ」

穏やかに笑う加瀬に、それもそうか、ともう一度空を見上げる。
その後は二人で綺麗な流れ星を数個見ることができた。
――誰かと一緒に見たその夜空は、確かに俺にも忘れられない景色になりそうだった。

「あー、もう日が昇る……」
「……なあ、お前って実行委員だよな」

夜空を惜しんでいると、唐突に加瀬が言葉を切り出してきた。俺は思わずその言葉にギクリとなったのがわかった。

「……まあ確かに所属はしてるけど、俺は別に生徒会バンザーイとかしてないぞ」
「そうなのか?」
「生徒会に興味ないし……楽だからこの委員会入ってるだけで」

へえ、と興味なさげに加瀬は答えた。が、その顔は何故かどこか嬉しそうだった。その理由はわからないが、日の出の光を浴びるその姿は綺麗だ、と純粋に思った。

「なあ、放課後俺部室行ってもいいか?」
「いいけど、風紀委員はどうすんだ?」

「あー……逃げる」
「逃げる」
「そう、逃げる」

いたって真剣に言うその顔に、思わず笑ってしまう。そんな俺を見て加瀬も穏やかに笑みをこぼしていた。

「いいよ、てか来てくれた方が嬉しい。やっぱ一人ってちょっと寂しいし」
「ん、じゃあこれから改めて宜しく」
「こちらこそ」

二回目の宜しくをして、俺はまだ涼しい夏の朝を感じる。夏はまだこれから始まったばかりだ。

「そういえば、夏休みはどうすんの?」
「ん、部活動してんのか?」
「一応俺は部室にいるけど」
「じゃあ行くわ」
「逃げて?」
「逃げて」

どうやら今年の夏休みは、いつも以上に楽しいものになりそうだ。

夏が始まる