転生忍は追忍に追われています!【短編/未完】 - 2/2

「――南くんってば! おそーい!」
「悪い悪い! みんな待った?」
「待ったし、夏帆が心配してた。俺の彼女取るのはやめてくれるか」
「えー、何それ! 健二、嫉妬してたの? 友だち心配すんのは当たり前でしょー。それに、こんなチャラチャラの南くん彼氏にしたい女の子相当だって」
「はー? 夏帆ちゃんそれどゆこと、俺そんなチャラチャラしてないし、みんな真面目に好きだし?」
「うわ、出たよ南の嫌なところ!」

大学を出てすぐのカフェ前で、いつものように繰り広げられる男女数名での他愛もない会話。今日は久しぶりに雨続きの日が終わり気持ちのいい快晴、俺たち絶賛時間を持て余している大学二年生のグループは午前で終わる講義後に遊ぶ約束を――というか、自然に集まる流れにメッセージでなっていた。
「しかし、本当に遅かったなー。お前一限だけだろ、何してたんだよ」
「いやー、気持ちいい天気だから寝てたら寝過ごした」
「なんだ、また新しい女の子の連絡先ゲットしてたんかと思ったわ」
「それはまぁゲットしたよ、図書室で運命的に出会った子に連絡先渡された。けど、まーなんか真面目そうだしやめとくかな」
「出た、チャラ男のくせに真面目な女の子には手を出しません南くん! よっ男前」
「るせーよ、真面目になられたら困るってだけだし」
「んで、その子とイチャイチャしてて遅れたと」
「いや、寝てたのはマジだから。その子とちょっと話して、眠いからーって別れて寝てた」
マジかよ、と冗談だと思っている友人たちを見ながらマジだよ、と脳内で思いながらも軽く流す。
――今日は死ぬ直前の夢を見て目覚めが悪いんだ。あんまいじってくんな。
なんて言えるわけもない。俺は前世――というより、過去にこの世界とは別のいわゆる異世界で忍をやっていた。

*

俺はこの世界の人間に比べたら、それはもう滅法足が早くて頭の回転もイイ最高に強い人間だった。まぁようするに、チート人間的なものだったのだ。
それがある日、大切な任務中に、お館様――里の頭目の愛人である女将軍が裏切者だと知ってしまい、このままでは里の存続に関わる事態に成り兼ねないと判断し女将軍の息を奪ってしまったのだ。それで、里の存続に関わる事態であったしお館様も事情を話せばこうするべきだと思うだろう――と思ったのも束の間、なんとその裏切りにお館様自身も関わっていて。結局お館様は里の一派閥を潰す為に動いていて、俺はちゃっかりお館様のその目的を知ってしまい里を追われる羽目になった。
で、抜け忍としてのうのうと生きるか、もしくは己の手で切腹させて頂くかしたかったのだが――追い忍に追われている最中に足を踏み外して崖下に転落して呆気なく生涯に幕を下ろした。
そして、次に目を覚ましたら俺は今のこの肉体の子――『日比野 南』くんの身体に魂だけ入っていた。つまり、日比野南くんと魂を同居する形で転生していたのだ。
肉体の本来の魂であるミナミくんは、俺のことを知らない。だが、俺はミナミくんの成長を彼の視界と思考と共に存在していた。そのおかげで、彼がよく読んでいた『異世界転生』を俺がしていることも知った。
ミナミくんはすくすくと成長していって、俺はまるで自分の子のように彼を見守っていた。だが、俺が過去に死んだ年齢と同じ十六歳のある日、不幸にも交通事故でミナミくんはその命を終えてしまった。
交通事故にあったミナミくんは昏睡状態で病院に入院し、その状態で初めて俺という存在と精神世界で対面した。彼に今までずっと一緒にいたことを伝えれば、興奮したように「もう一人の俺……ってやつじゃん!」と一しきり喜んで、それから散々彼は泣いた。ミナミくんの両親は海外を飛び回っている仕事をしていて放任主義ではあったものの、事故後すぐさまに駆けつけて号泣して「お願い、生きて南」と何度も何度も言っていた。俺は親という存在がない戦争孤児だったし生前は忍の任務で命を奪ったことも多い。だが、この世界でミナミくんと共に生きた十六年のせいで、俺の世界の価値観はガラリと変わっていた。
泣きじゃくる少年をどうにかできないか、と何度も方法を考えたが俺にはどうしようもできない。精神世界のミナミくんはどんどんと存在が薄くなっていく。それがどうしようもなく嫌で、俺はずっと神様に祈っていた。この世界じゃ沢山神様がいる。ミナミくんの知識内にいる神様全部に祈ってやった。
そうしているある日、ミナミくんは俺の前で涙の痕を隠さずにキラキラと笑顔を向けてきた。
「なぁ、南。お前ずーっと俺のこと願ってくれてたんだって? 俺今さっき神様に会って、神様が教えてくれたんだよ。ありがとな、南。俺、父さんにも母さんにも、友人たちにも、そんでもう一人の俺にもこんなに愛されてて幸せだった」
そう言って、彼は俺の手を握った。俺は生前の姿のままだったから、手なんか任務でできた傷だらけだったし、忍び衣装もボロボロだった。そんな俺を上から下まで見て、彼は頷く。
「でさ、神様が特別にって提案してくれたんだ。俺はお前と同じように異世界転生しようと思う。……この世界で生き残れる可能性は低いんだってさ。それなら、俺は次の世界に確実に行ける選択をする。だから、俺の身体をお前が使ってよ、南! お前の過去の事もちょっと聞いたんだ。俺、お前に俺が大好きだった世界を知ってもらいたい。それに産まれた時から一緒にいたなら、俺の双子みたいなもんだし、父さんと母さんの息子でもあるじゃん。だから任せられるよ、俺の身体も家族も!」
「そんな……でも、俺はこの世界で言うと元々は人殺しで」
「それは前世! お前は今日から日比野南になるんだよ、南。俺さ、ほんとはずっと悩んでたんだ。でもお前のおかげで前を向けた。死ぬとき人って普通は一人なのに、俺は一人じゃなかった……から、恩返しさせてほしいんだ。俺を見守ってくれてた兄弟……みたいなもんだし? ……あーあ、でもできればめっちゃカワイイ彼女作ってから死にたかったなー……てことで、よろしくな! ありがとう!」
「ミナミくん――……!」
いつもの照れ隠しのくせで言いたい事を言うだけ言って、ミナミくんは俺の手を離し踵を返し走り出す。透けたその体が眩しい光に呑まれていくのを追いかけようとしたのに、足が動かない。そうして、手だけ伸ばしたまま光に目が耐え切れなくなり――俺は、その日から「日比野 南」になったのだ。

*

「で、今日は何するよ」
「新しくできた店いくって真紀が言ってたじゃん」
「あーそうそう、なんか駅前の広場抜けた先にさー……」
ミナミくんが死んで、俺が南になってから五年。彼の視界で世界を見て来たこともあり、すぐにこの世界には馴染めた。ミナミくんは存外俺に馴染んでおり、俺は難なく日比野南として生きている。家族も本当の親のように大切にしているし、大切にされている。多少心配性になったものの今でも忙しく飛び回っている両親を俺は誇りに思っている。
が、まぁ普通に生前は十六歳の時に亡くなったし、ミナミくんの最後の願望であるカワイイ彼女を叶えたかったのもあって――というとかっこよさげだが、平和な世界で肉体を得た俺は性欲に関心が向いてしまい、今では立派に大学内でも有名なチャラ男という立場にいる。
だって女の子かわいいし! 前世では女性とそういう行為をしてもなんとなく処理的なものだったし! カワイイ彼女ほしいし!
という感じで、色んな女のこと楽しくお喋りして健全に楽しく体のお付き合いをしているごくフツーの大学生に俺はなっている。
今いるグループも、旅行好きな者が集まるサークルのメンバーではあるものの最初は皆そういう楽しいコトをするのが好きなメンバーだった。一年経って今は付き合っているメンバーが多いが、俺はこの五年間変わらず彼女というものは作っていない。なんというか、そこはちゃんとミナミくんの希望を叶えたいのだ。大学では遊ぶが、卒業したらカワイイ彼女を作ってちゃんと彼の願望を果たす。それが一応今できる俺のケジメだ。
……と、言い聞かせて俺は何通も来てるセフレ――というと言い方が悪いが、楽しいことをするのが好きな女性の友人たちにメッセージを返す。『次いつやる~?』『彼氏できたから遊ぶのやめるね~また別れたらよろ』なんていう気楽なメッセージたちに返していたら、横で友人の一人が肩を叩いてきた。
「……ねぇ南、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「うっそ、メッセージ何個返してんの。てか歩きスマホは罰金でーす」
「は~? 今お前ら止まってたじゃん、歩いてませーん」
「うざー、てか、ほら見てって。あの人。コスプレなのか知らないけど大丈夫かな? こんな時間に酔っ払い珍しくない?」
「今五月だよな、ハロウィンまだじゃん。ヤバイ奴かも」
「えー、なんかそういう団体の人じゃない? いるじゃん、忍者の末裔みたいな忍者広めます! みたいなさーテレビでやってたべ」
「忍者?」
無視してメッセージを送り返していようと思えば、聞き慣れた名詞が聞こえてきて思わず顔を上げる。俺が反応したのが予想外だったのか、忍者と言ったサークルメンバーがスマホを持っていた手を広場の西側へと向ける。そこは普段は色んな人がスペースを借りて演説やら弾き語りやらしているスペースのはずだが、今日は何かをしていますという張り紙も看板もない。
――ただ異質に、見覚えのある装束の男がうつぶせに倒れている。
「は……?」
「え? なになに、南くんの知り合い?」
「いや、んなわけないんだけど」
「……――南?」
見覚えのある装束の男が、聞き覚えのある低い声で俺の名前を呼ぶ。それはさっきまで見ていた夢で最後に聞いた声と同じだ。ゆっくりと、倒れていた男が体を持ち上げて立ち上がる。頭と顔を纏っている筈の頭巾はボロボロで、風に吹かれてはらりと舞う。
見間違えようがない。
そこにいたのは、紛れもなく。夢で見た追手。最後の最期まで俺を追いかけてきた追忍。終いには、俺と同じように宙に身体を投げ出し、その手を伸ばしてきた男――
「光次――……」
前世の好敵手で追い忍だった――光次がそこに立っていた。

*

「おい、南。これはなんだ」
「これは鍵。家の鍵」
「さっきから怪しげに点滅を繰り返すそれはなんだ?」
「これはスマホ…携帯…えぇと、電話。いや、電話でも通じないのか…。ん~……とりあえず、部屋に入ってくれる?」
「これはなんなんだ?」
「はいはい、後で説明するから。入った入った」
――光次と対面し、咄嗟に俺は「あ! やべー、親戚の特殊な団体の人来るって言ってたの忘れてたわ!」とかなんとか言って光次を引っ張ってきたのだ。じゃないと、もしかするとあそこで殺人事件が起きていたかもしれない。
意外にも、というかどうやら光次は大分混乱しているようで、見る物すべてに驚いていた。そりゃこの装束と見た目を見るに、この世界で生まれたわけではなさそうだから仕方ない。
――まさか俺が死んだときのそのままの姿で現れるなんて、誰が思う?
元々飲み込みが早く冷静だった光次が、驚きながらこれはなんだあれはなんだと尋ねてくるのは少し面白い。状況に困惑しすぎて任務を忘れているのか、俺を殺そうとも問い詰めようともしない。それが今は有難い。
交通事故以来あらゆることで親が心配性になったのもあり、セキュリティの高い防音マンションに独り住まいできていることを今は感謝しつつ、中に入ってあたりをしきりに確認している光次を眺めながら後ろ手でドアを閉め鍵をかける。
ちなみにだが、俺は魂は前世そのままで来ているものの身体はミナミくんのものだ。よって俺の見た目は前世とはかなり違う。
前世の俺は黒髪に三白眼で低身長、猿みたいにすばしっこいことからよく小猿と揶揄われていたものだ。それでも努力によって鍛え上げた肉体で里の若い衆の中では二番目に強く、体術も忍術もどちらも長けていた。
それに対して、今の俺は明るめのブラウンに染めた髪で少し襟足を伸ばしていて、顔も正直かなり良い方だ。俺がチャラ男になった原因はこれがデカイ。前世で小猿だの言われていたのが、今は女の子が何もしなくても寄ってくる。それは正直――男として抗えないナニがあると思う。
オシャレという概念も前世にはなかったから、ピアスもかなり付けてるし、服装だって黒や紺じゃなく明るめのチェスターコートとか着てさりげなく大人っぽさを出して女子ウケを……いや今はそれはどうでもいいんだ。
そんで、何と言っても身長も年齢も違う。
光次は当時十八歳で俺より二歳上だった。よって俺の修行の面倒を見る役目もするような兄貴分ではあった。然し今は俺は二十一歳。そしておそらく光次の年齢はあの当時と変わっていない。前世の世界の忍らしく長い黒髪は後ろで一纏めにされており、