#序章【静まり返った田舎】
ジトジトと纏わりつく湿気から逃げるように、早足でアスファルトを蹴る。そぼ降りだした雨が身体を湿らせていく。今日は傘など持ってきていない。濡れていくスーツの重さに嫌気がさしながら、舗装されている道を進んでいく。手元にある地図に書かれた目印であろうポストを左折し、その先を見てウンザリとした溜息が出る。
「靴、汚れてしまいますねぇ」
他人がいる気配など無かった静かな路地に、年若い声が響く。声の方を見れば、この周辺ではまだ使われているのかどうか、都会では滅多に見ない学ランを着た糸目の青年が立っていた。
「この先はちっちゃい祠しかありませんよ、だから舗装されてない砂利道なんです。……お兄さん、見かけない顔ですけど観光ですか? 祠マニアとか?」
口が達者な糸目の学生は、聞いてもいない事を喋ってからじいと此方の顔を見つめ、2歩ほど詰め寄る。全く、町の人間じゃないとすぐわかるなんて吐き気のするような田舎だ。
「観光か、観光地というほど盛り上がってなさそうだなこの町は。商店街を通ってきたが、どの店もシャッターが閉まっていた。君は、商店街が賑やかだった時を知ってるのか?」
「この町の商店街の店が開いてたのなんて僕がまだ中学一年生ぐらいの頃ですよ。森酒屋ってお店はお菓子とアイスがいっぱいあって。閉まった時はショックだったなぁ……」
懐かしむように右上を見上げながら微笑む男を横目に、手元のメモに加えスーツの内ポケットから簡素なメモ帳を取り出す。中にはギッシリと文字が詰まっており、このメモ帳で何冊目だろうか。一度書いたメモは忘れない性分なのだが、それでもメモ帳の冊数が増えるたびに整理が面倒になる。それでも仕事で必要なのだから、面倒だ。今のご時世電子でも構わないのだが――仕事柄、電子は信用できない。
「……浅間俊介。これが君の名前であっているか」
今回の仕事で出会うであろう人物の特徴を書いたメモ帳を再確認し、糸目の青年を見る。
「あぁ、はい。ひょっとしなくてもあなたが、母が依頼した探偵さんですか。観光なわけないですよね、こんな辺鄙で何もない田舎の町に」
自嘲するように笑う浅間を見て先程の溜息よりも深い溜息が出る。典型的な――いや、最悪なパターンの仕事になるだろうと今までの勘が言っているからだ。
「君の言うとおり、浅間かずみさんから依頼を受けた探偵の吉住創だ。」
吉住さん、と名前を確認するように呟いて糸目の青年は手を顎元に当て困ったように微笑む。
「僕の想像だともっと歳がいってるおじさんかと思ってました。」
「童顔でね。これでも三十路は超えてるさ。」
「ふぅん、僕は見た目で人の年齢を図るのは苦手でして。それで、今回母さんからの依頼はどうですか? 難しいですか?」
浅間の問いに、吉住は思わず眉間を揉んでしまう。気象病ですか、なんて昔は聞かなかった病名を尋ねられ苦笑する。
「……引きこもりの君が、3年前に卒業した学生服を着て祠に行くだけの道で待っている。それだけでもう俺は頭が痛いよ。」
皮肉を込めて放った言葉を聞いて、浅間は少しの間糸目の隙間からじっと吉住を見つめる。そして、やっぱり困ったように微笑んで祠の方を向いた。
「僕だって嫌ですよ、コスプレして外に出て。でもこうでもしないと――自由に動けませんから」