#一章【佐木那町】
佐木那《さぎな》町。ごく少数規模の村が複数統合してできた町で、人口は二千人程しかいない。大通りにはまだ住民や住宅街、スーパーや小学校があるものの、メイン通り以外は畑と田んぼばかりだ。数年前に隣の町と合併する話も出ていたそうだが、当時の町長の不正が発覚しそのまま流れなぁなぁになっているらしい。
「祠っていえば、なんとなく平坦な道とか或いは山の上にある気がしますよねぇ」
降っていく砂利道を滑らないよう一歩一歩慎重に進む吉住の横で、軽い足取りで歩く浅間が吉住の方を向く。その顔は晴れやかで、とてもではないが3年間引きこもっていたとは思えない顔だ。髭も剃っているし髪も綺麗に整えられている。ただ、切ることは許されなかったのか後ろでひとまとめにしている。それでも元の顔が整っているのか、汚らしい感じは一切しない男だ。
「……それもそうか、家では神様にされてたんだったな」
メモ帳の内容を思い出して吉住は浅間を見る。浅間は突然の言葉に少し居心地が悪そうな表情を浮かべ、祠はまだ見えそうにない森林の奥、小道の先へと目を逸らす。
「そうですねぇ……何か僕の言動がおかしかったですか?」
「いや、綺麗な見た目だと思ってな。21歳とは思えない細さだがな。」
「そりゃぁ、毎日早朝から顔も髪も整えられ食事も制限され、してたことと言えばこの祠に向かって御祈りか信者の方の独り言を聞いていただけですから。」
「はは、お前の家がただのアパートの一室じゃなかったら、本当に神さんだと洗脳されてても仕方なかったかもしれないな」
吉住が笑えば少し驚いたように浅間が軽く振り返り、それから彼も薄く笑って「本当に、そうですね」と小さく呟いた。
浅間家族が住んでいる場所は、普通の2LDKのアパートだ。
家族構成は母親の浅間かずみ、父親の浅間孝宏、兄の浅間俊介、妹の浅間春美。外から見た浅間家は至って普通だが、その中は異質だと事前調査の時に町民が言っていた。
入れば一室にお札が大量に貼られ、飾り立てるように美しい鏡がかかったドアがある。リビングには大量の捧げ物入れと書かれた段ボールの中に、何か鳥類の羽根と札がセットに置いてある。浅間かずみとスーパーのパートで縁ができ家に訪れたその町民は引っ越してきたばかりだったそうで。その異質な家を見て、慌てて用事があると言って家を出たそうだ。
後日、他のパート仲間に尋ねたところあの段ボールに入っていたものをお守り袋に入れたものを見せられ、「かずみさんはね、少しおかしくなっちゃったの。数年前に旦那さんの孝宏さんが……うつ病なのかしら、精神病になってしまって、その時に一緒にね。」だから可哀想な人なのよ、と言われたそうだ。その町民によくある話だ、と言ってしまえば非情だと言われたが、吉住にとってはよくある話だった。
「吉住さんって、霊障探偵なんですか?」
降り道が深くなってきたところで、浅間が問いかけてくる。
なんでも知りたがりなのは、この三年何も知れなかったからか。そんな事を考えながら吉住は名刺入れから名刺を出し、少し歩みを進め横の浅間に渡す。浅間が名刺を読むため歩みを少し留めたのを見て、ポケットから紙タバコを取り出し火を付ける。そろそろ一服したいと思っていたのだ、丁度いい。
「……荒神専門霊障探偵、吉住創。……荒神ってなんです?」
「民間信仰で勝手に作られたモン専門なんだよ俺は。妖怪とか幽霊とか、ホンモノの神様なんかはお手上げだ。そもそも本当にいるのか?」
「ええ? あなた霊障探偵なのに、視えないんですか」
ちょっと呆れたように浅間が名刺から顔を上げ、タバコの煙を避けるように手をパタパタとする。プカプカと浮かぶ煙を見上げながら、吉住はタバコの灰を携帯のタバコケースに落とす。
「お前みたいに何でも視えるわけじゃない、俺たちは何かのキッカケで視えるようになった奴が多いんだよ。まぁ、依頼をこなしていくうちに何となく視えるようになる奴もいるが、俺みたいに視えない選択をする奴が多い。」
「視えない選択って、できるんですか」
吉住の言葉にハッとした顔をする浅間は、やはりまだ少し幼い。糸目と人間離れした容姿のせいでわかりにくいが結局精神年齢はあの事件――浅間が家から出られなくなった時から進んでないのだ。
「視えるようになるまではな。お前は強制的に全部視ちまった。一度視ちまったものは消えんのがこのクソみたいな世界の法則だ。」
その返答に少し肩を落とした浅間を見て、吉住は吸い殻を携帯ケースに押し込む。全く、最悪な依頼だ。
「それでもお前は、自由になりたいんだろう? だから命をかけて俺とここに来たんだろう、浅間俊介。」
吉住の言葉に、浅間は頷く。吉住を待つ間もいつ殺されるかと恐れていただろう。家を出るのも恐ろしかっただろう。いいや、扉に触れるのもそれどころか立つことも痛かったろう。今でも踏みしめる一歩一歩にどれ程の痛みを抱えているのだろうか。吉住は己の昔を見てるような感傷に浸りかけるが、すぐに首を振る。自分とは違う。浅間俊介は、まだ人に戻れる。
いや、戻すのだ。