#二章【石祠】
「かなり奥深くにあるもんだな、あたりは木に囲まれちゃいるが……その周りは崖か。まぁ、妥当な場所ではあるが」
祠の前に辿り着いた2人は、静まり返った森の中でポツリと綺麗に磨かれた祠堂を見る。森の中にあるのに石で作られた祠が何を祀っているのか、吉住は祠に近づきその中に祀られているものを視る。そこには、鋭い石の欠片と――鏡が置いてある。石の欠片だけならよかったのだ。元々は恐らくこの石の欠片だけだったはずで、これは地神を祀る祠だったはずだ。崖崩れが起きないよう神様を祀っていたのだ、この場所の昔の人は。それがおかしくなったのは、間違いなくこの鏡のせいだ。
吉住はため息をつきポケットから黒手袋を取り出し手にはめる。それをじっと見ていた浅間が「吉住さんは、なんでもポケットから出てきますね」と声をかけてくる。絞り出したような声でもなく、淡々とした声に少し吉住は笑みを浮かべる。こいつには今何が視えてるのだか知らんが、こんなに平然としていられるのは――本来の性格だろうな、と何となく思った。
鏡を手に取り、ひっくり返し裏面を見る。赤い字で乱暴に書かれたそれは人の名前だ。
アサマ――
あぁ、やはりか。吉住が顔を上げ浅間を呼ぼうとして――足が止まる。浅間の後ろに、人とは言えないソレが立っていたからだ。ソレは幽霊ではない。吉住に視えているということは、間違いなく、人に危害を加えるものなのだ。
「……父ですよね、名前。母が言ってたんです。生贄にしたって」
浅間がいつも通り淡々とした雰囲気で声を上げる。
だが、その糸目の中にある瞳は決して後ろを見ようとせず、小刻みに震えている全身に、額と首元に汗が垂れている。吉住は「今見せに行く」と端的に答え、一歩足を踏み出す。
ジャリ。クチャ。
ジャリ。クチャクチャ。
ジャリ。クチャクチャクチャ。
足を踏み出す音と一緒に聞こえる咀嚼音は浅間の後ろから聞こえる。そして、近づくたびに大きくなるその音は、近づく程存在が増しているのだと気付く。
なるほど、浅間はずぅっとこの存在に縛られていたのか。いいや、正確にはこの存在だけに縛られていたわけではないが、この存在を背負わされていたわけだ。鏡とその呪言を視たから、吉住にも視えるようになった。違う。視なければいけなくなったのだ。
「――走るぞ!」
限界まで近づき、吉住は俊介の腕を取る。少し驚いた顔をした後、泣きそうな顔で浅間は吉住と共に走り出す。向かうのは祠の後ろにある小川だ。水は時にして人を殺すが、人もまた水から産まれた。だから、今は水に頼るしかないのだ。
走り出した2人の後ろで、ゆるりと動いたソレは2本の足を作り出し走り出す。人ではない速度で走るソレは一瞬で真っ赤な人の形になる。その姿を浅間に見せまいと、吉住は浅間に目を閉じるよう叫ぶが、浅間は既に視ていた。
浅間春美―――妹の姿をした人間味のない笑顔を貼り付け向かってくるソレを。
「春美ッ、春美……」
「違う、春美ちゃんじゃない――ただのバケモンだ」
吉住は足の止まりかけた浅間の腕を乱暴に引っ張り、そのまま目の前の小川に投げるように突き飛ばす。そうでもしなければ間に合わない。本当に最悪なパターンの依頼だ。
全身が水に浸かった浅間を確認しているうちに、背中から地面に押し付けられ首を絞められる。横目で見るが気色の悪い笑顔だ。毎回思うが、邪神も荒神も何がそんなに楽しいのかね。吉住は己の首の骨が折れ捻じ曲がる音を聞きながら、鼻で笑った。