#四章【喰らうもの】
俊介が頭を抱え泣きじゃくるその声に、返ってくるはずのない声が返ってくる。
「そうだ、今のお前は誰も救えない。ただの人だ。」
この少しの間喋っていただけなのに、やけに聴き心地のいい声。俊介が顔を上げれば、首があらぬ方向に曲がっていたはずの吉住が、ギャリギャリ笑っている春美に拳銃を突きつけ立っていた。
「なんで……生きて……」
「いいや、死んださ。知ってるか? 昔どっかの腐った村が不老不死を求めた儀式を孤児にした。結果的に生まれたガキは確かに不老不死に近かったが、普通に一瞬死ぬのさ。ただすぐ肉体と魂が人の姿に戻っちまう。もちろん村人は喜んだが、不老不死なんてものはない。孤児の魂に憑いた娘は血肉を求める邪神になり果てた。」
吉住は拳銃を向けているソレを見つめながら言葉を吐き終える。きっと今自分の後ろにいる者が、もう浅間には見えている筈だ。何故なら、吉住が死んだことで血肉の臭いを嗅ぎ取ってしまった。もうこの娘は我慢できない。空腹で堪らないのだ、彼女も吉住も。
「吉住さん……」
「このバケモンは確かにお前たちの中で産まれちまった。産み落としたのが誰だったかなんてのは今となっちゃわからねぇ。俺に憑いてるこのバケモンと一緒だ。だがな、こいつらは荒神にしかなり得ない。得体の知れないバケモンですら神様にはなれないんだ、人が神様になんぞなれるわけがない。」
吉住が拳銃のロックを外し、起きあがろうとしているソレに標準を合わせる。その化け物は俊介の目には春美と孝宏が融合した存在に見えていた。吉住はその事を知っている。知っているからこそ、この引き金はいつも重いのだ。
「――アサマ シュンスケ。お前はもう自由だ」
パンッというまるで小さな花火のような破裂音と、割れた手鏡。それらと同時にぴたりと止まってどろりと溶けていくソレ。本物の銃弾など吉住の銃には入っていない。吉住の銃に入っているのは、吉住が吸っていたタバコの灰を詰めた弾だ。人に当たっても痛みこそは与えられようが殺すことはできない。荒神に特化したもので、こうして荒神の真名を呼び壊すことで荒神は力をなくす。荒神のご神体ともいえるものを壊せば、いずれその存在は消えるが――吉住についている影はそうはさせてくれない。
ギャリギャリギャリギャリ
クチャクチャ
咀嚼し、笑い声――にはとても聞こえないが――をあげるソレに、吉住は憐れみを向ける。あぁ、お前だって産まれたく無かったろうよ。俺もこいつもだ。
吉住の後ろで佇んでいた影がソレに近づき、そして、影は音もなく大きな口を開けてソレに喰らい付いた。
シンケタステ
シュケタスケ
シュンスケ
シュンスケタスケテ
シュンスケ!タスケテ!
タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!タスケテ!
悲鳴ではなく、カタコトの声が永遠とあたりに響く。
喰われるソレは確かに血肉がある。人には見えないソレは、いつのまにか血肉を成していた。出来上がりかけていた内臓が、出来上がりかけていた筋肉が、ぶちぶちと血を滴らせながら食べられていく。その中で、妹の顔が、父の顔が、母の顔が、言葉を紡いでいく。あの存在が今まで喋ったことなどなかったのに。
「もう少しで受肉してたんだよ、お前にな。俺は特殊な儀式でアレを抱えて生きているが、お前だったら完全に乗っ取られて死んでたろうな」
呆然とそのグロテスクな様を見つめる俊介の横で、吉住は穏やかな川にザブザブと入り己についていた血を洗い落としていく。それと、真っ二つに割れた鏡の後ろの赤い文字を強引に擦り落とす。途中で指を切ったが、これぐらいの傷はすぐに治ってしまう。己の肉体に嫌気がさしながらも、綺麗に洗い終えた手鏡を俊介へと手渡す。
「妹の形見なんだ、大切にしてやれ」
「……呪いの媒体だったとしても、ですか?」
「それは後付けだ。元はお前の妹のだ。さて、そろそろここから出ないと危ないな」
「え?」
「あの祠は地神さんを祀ってたものだ。それをこんな使い方してたんだ、何も無いわけがないだろ。いくぞ、あいつは食べ終えたら勝手に戻る。立てるか」
座り込んでいた俊介に手を伸ばす吉住を見て、俊介はその糸目をさらに細くして、その手を取って立ち上がる。
「立てますよ、僕――俺ももう、大人なんですから」